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2008年6月 3日 (火)

おもいやり、やさしさ。

啓浪花嫁さま

考えてみました。1、歯と歯の間にゴミが入らないように。2、小さい歯よりきちっとそろった大きい歯の方が美しいから。で、2が正解のような気がするんだけどな♪どうでっしゃろ。

実は今「自閉症の子を持って」武部隆著 自閉症の子を持って を読み終わったところ。6週間にわたって、ベィビーと暮らしたオイラ。たったの6週間。ただただベィビーの成長に目をみはる毎日だったので、身につまされるものがあったんだ。社会の「心のバリアフリー」を願う、自閉症の子を持つ親の気持は痛いほどよくわかる。いや、解ったような気持になっているのかもしれない。解るなら、自分が「心のバリアー」を解き放さなけりゃね。ツイツイ忙しさに追われて、「なんで私が?」「そんな他人の事しらんわ。」ってな気持にツイツイなってしまうじゃない。

  • カナダは日本に比べると、人類のルツボだけあって、自分達と違うものを受け入れる社会的基盤はある。
  • 障害をもつ人たちも、普通に社会参加していたり、「遠慮なく」普通の生活を送ってる。
筆者が望むところの「ハンディの分だけ愛してくれた飲んでいるのではない。無関心でもいいから、『そこにいても構わないよ。』という余裕のある社会になってほしい。」カナダはこの著者の願いに近い社会かもしれない。車椅子の人たちなんて、いたるところで見るし、うちの会社でも普通にはたらいている。スクーターでスイスイとデスクとデスクの間を行き来しているし、曲がった指でタイプだってうっている。え?彼女は社内きってのオシャレで、愛犬ココと、贅沢ライフをエンジョイしてる。

思う事は、「おもいやり」を学ぶことの難しさ。オイラはこれがとっても苦手と自己判断をいたしました。けして、意地悪はではないけれど、人に優しくしてあげることの難しさ。

著者、武部隆氏もいっているけれど、我が子が自閉症でなかったら、思いも及ばなかった気持。もっと、細かく見て行けば、もしかしたらオイラも「普通児」ではな買ったのかもしれない。子供の頃から、「協調性のなさ」をいつも通信簿にかかれていたし、キチンとまっすぐ字は書けないし、「いったん言い出したらきかないし。」てなことを思いながら読み終えました。そうそう、著者の日本語の「簡潔さ」も素晴らしい。

ベィビーよ、健やかに育ってくださいな。

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