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2008年2月11日 (月)

老後の楽しみまた増えた。

拝啓浪花嫁さま

あ〜た、ね〜、もうそんな完璧な母であり妻であり太陽であろうと思うなんて、おこがましい考えは捨てておしまいなさい!とシュート女はガツンと申し上げますよ。シュート女は思います。そんな理想的な人間ばっかりだったらね〜、世の中つまらなくてしかたがないでッショ!ッハハハハのハ♪喧嘩ばっかりしている夫婦のもとで育つ子供はカワイソウの極みだけれど、そんな、絵に描いたような母のもとで育った息子のと一緒になる嫁はカワイソウの極みだわ。そこへいくとうちの実嫁なんか、もうシアワセの極みじゃないの?だって、ちっとも完璧な母なんかでなかったオイラに育てられたボンは、もうどんな女だって「うちの母よりはマシ」ってなもんだから、ボン自身もこのうえない「幸せ」を味わえるのよ。わかるかな〜?この論理???

お嫁はしっかり口を「へ」の字にまげて不機嫌を演じればよろしい!そして、ご機嫌なおったらケロっとして明るくなればいいんじゃないの?これってオイラのパターンで、時々まわりがついて来れないこともあるけどね。

とまあ、ここまで言って、急に「言葉」に話題は変わるんだけど、米原万里氏が「美しい日本語」とか「日本語はこうあるべき」みたいなことを、どこかの「偉いさん」が述べていると「ふん、エッラソーに!少しばかり教養があるからって、何様のつもり?日本語は、あなただけのものじゃないの!」って思うんだって。もう、同感で同感でよけいにファンになってしまったの。これってね、なにも言葉だけじゃなてすべてに当てはまると思うのよ。(もっと深く知りたい読者の方は是非「ガセネッタ&シモネッタ」を読んでちょうだいよ。)彼女は「美しい音」ついてチェリストのロストロボービッチにインタビュー(の通訳を)した時に「要は伝えようとするメッセージを的確に伝えようと表現すること」が大事がとのっ答えが。醜い音だろうと美しい音だろうとそれがメッセージであればそれを伝えるのが芸術の神髄、というような答えが返って来て、通訳という仕事で「言葉」に携わっている彼女は、醜い言葉でだろうと、醜い言い回しだろうと、なんだろうと、話し手が言わんとする事を「確実に伝えらる」と言う事が、、、てなことで思わず身を乗り出してしまったそうな、、。

ね〜、ホントに難しい。自分の(オイラの)言いたいことを上手に読み手に伝える事の難しさ、をブログを書きながら実感しいます。てなわけでね、なにが言たいかというと、「日本語はこうあるべき」なんてことに縛られることもないし、「母は妻は、、、、、であるべき」なんて思わなくっていいのよ。ダーリンもジュニア、ありのままの「お嫁」が人間臭くっていいんじゃないの?「言葉」も「人間」もそう、流動的だからおもしろい!

でも、でも、お嫁が「鬼おんな」になったら怖そ〜だな〜!お手柔らかに。

そうそう、「老後生活」リストに付け加えたいこと。少女時代に読んだ「世界文学全集」をもう一度よんでみたくなった。ツルゲーネフだとかトルストイだとかドストエスキーだとかね。出だしがとっても入りにくくって、でも入ってしまうと、凄く読み応えのある本。こういう本を暫し読んでいないな〜。老後の楽しみがまたふえた。

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