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2007年6月24日 (日)

私のお百度参り

拝啓浪花嫁さま、

あ、あ、あれね、“お百度参り”、説明不足っていうか、自分で”お百度”踏んだ気持ちでってことだったの。バックグラウンドをお話ししないとわからないよね〜?私の話は、ハショッタリ、だらだら繰り返したり、訳がワカンナいよね〜?

ええとね、あれはボンが大学で一般教養の歴史だったか、なんかのレポートが2%だったか、なんか足りなかったの。しかも、これは前の年にも落としているから、大変なことだったんだけれど、その時オイラは“これは神様がボンにくださった贈り物だ”って思ったんだよ。こっちの学校には“アピール”ってのがあって、教授やなんやかんやの前で、“なぜ自分にもう一度チャンスをあげるべきか、、”っていうアピールをするわけ。もう詳しい事は覚えていないんだけど、その時思った事は、“カナダで暮らしていくには、こういった自己主張の訓練をキチンと積んでおけば、将来いつかきっと役にたつ事があるだろう。”だったの。こちらの文化はキチンを言わないとダメ。物理学者の「米沢富美子」さんだって、“こしたい”ってことをチャンと主張して、二つもの大学から連絡をもらえたんでしょう?

そうは言っても、オイラの中の母の部分がやっぱりとっても不安で、それでいて私にしてあげられる事は何もない“無力”がはがゆくて、ソレ!出た!得意の“苦しい時の神頼み”。

その頃は今と違って、会社から帰ってきてからジムに通っていたから、家からジムまで歩いている間は“神様ボンのアピールがうまく行きますように!”ってブツブツ言い続けていたんだよ。だから、それを“私のお百度参り”って言っていたの。一日のうちのその時間だけは、他の邪念抜きで集中して神様との対談時間。勿論ボンもマイハズにも言わないで、神様とオイラの秘密ごと。こんな風にオイラは時々神様にお願いごとをすることがある。一日会社で仕事をしていて、勿論チラッと心をかすめる時はあっても、一日中考えている訳じゃない。だからね、ジムの往復で歩いている時は、集中してその事だけを考えていれば“念”が通じるって信じてさー、(あ、恐ろしい世界♪)そして、その願いがかなったら、チャンとキチンと“神様、どうも有り難う”ってお礼を言う事にしています。子育ての先輩として言える事は、親が口も手も頭も出せないで、影からモーラルサポートだけを送るしか出来ない出来事が、子供が大きくなるにつれていっぱいあって、それのつらい事、つらい事。そういう時に、私は神様とお話しちゃうんです。お願いごとだっていっぱいしちゃう。本気でコレゾ!って時にね。

行きましょ、行きましょ、おつれしましょう。私の秘密の花園じゃなくって、箱庭に。もう一つ見つけた箱庭があるんだよ。これも、ある時、いつもの道じゃない、“近道”を発見したくて、会社に行く途中ひとりで迷い込んだ場所にあったんだよ。え?っなんで会社に行く途中に?道草くっちゃいけないんだよね〜?

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