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2007年1月31日 (水)

どこへ行っちゃう憲法九条第二章

拝啓読者の皆様、

私が子供の頃は憲法9条 第二章 戦争の放棄ってのはトッテモ身近に存在していたように思う。私の戦争体験といったって、実際は戦後生まれなんだから、実際には経験してないんだけれど、親やおじいちゃん、おばあちゃん、叔父さまとかなんとかかんとかが実際にツイこないだの出来事を話しているって感じで身近にあった。あの頃はケンペイとかヨカレンとかヒキアゲなんて言葉を耳にしていて、意味はわからなくってもそんな中で暮らしていたから、戦争の恐ろしさを身近に感じながら、戦後の貧乏生活や、経済急成長やそんなこんなも身をもって通過してきた。

だから、貧しい中にも、やっと破壊の戦争は終わった、これからは平和に向かって進むのだ、もう絶対に戦争はしない、しなくていいっていう喜びの中で子供時代をすごしたと思う。個人的家庭環境はいまイチだったけれど、振り返ってみると、戦争にたいして、「もうコリゴリ」っていう思いを皆が持っていたと思う。そして、小学生の頃「戦争の放棄」の大切さを学校でまなんで、幼いながらに誇りを感じたことを覚えている。憲法9条 第二章 戦争の放棄の意味を、今の小学生は誇りに思っている先生から、誇りをもってまなんでいるのかしらん?愛国心ってのはこう言う自国の誇りを、「愛国心」なんて言葉じゃなくって、自国に誇りを持ってる親とか、先生とか大人とかの言外の空気で、身に付けていくものじゃないか知らん?、

なんというのかな~、サラ金に追いかけられて、追いかけられて、脅されて、ついに破産宣告して、「あ~、これからは前に進めるんだ。」ってそんな感じなのかもしれない。いくら働いてもお金はサラ金の利子で消えていった、でもこれからは働いたらお金はプラス貯蓄になるって感じ。マイナス勘定からプラス勘定に切り替えられる喜び。生産的に生きられるっていう安堵感。国民全体、っていうか私の周りの大人たちがそんな思いで過ごしていた私の子供の頃、、「オーソーレミーヨー」なんて外国の歌を大声で週末の朝歌っていた私の叔父ギミ、まだとっても若くって、ヨカレンとかの歌とかもうたっていて、で、私の記憶は晴れ晴れしている週末の朝って感じ。でもその叔父君ももうすぐ80歳。サラ金に追われたことも戦争を実際に経験したこともないけれど、でも戦争に加担しない国ニッポンの憲法には誇りをもっていた私、でももうすでに、憲法破りみたいな行動にでちゃっているわが母国、どうしちゃったのだろうか?安部さん、あなた子供の頃、こういうことお爺ちゃんの岸さんから感じとらないままに育だっちゃったのかい?

mottaクンのブログのリンクです。motta 憲法9条をもっと知りたい人は是非よんでくささいね。

美しい国ってのはこの晴れ晴れ感の中にこそあるんじゃないのかしらん?

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コメント

あかねさん、
お子さんたちが大人になる頃には、すっかり日本の戦争体験は遠くへ行ってしまっている。でも、どうしても、戦争だけはいや、ダメ。実際に体験なんかしなくていい。時代にあった憲法を!ってどこをどうし様っていうのか。ごまかされないようにしなくっちゃ!

投稿: 姑 | 2007年1月31日 (水) 14時36分

姑さま♪
私も改憲されるのがとても怖いです。無関心な人も多いけど、みんな考えてないわけじゃなくて、「憲法じゃなくて、経済をなんとかして!」って感じなんだと思います。

みんなの議論も理解も深まってないうちに、さっさと改憲してしまおうというのが見えて、納得いかないですね。私も何十年もこれに親しんで暮らしてきたんですもの。勝手なことしないで!って思います。

憲法9条を捨てたら、国が好きと言う気持ちはかなりしぼんでしまいそうです。なんとかしたいですよね♪

投稿: あかね | 2007年1月31日 (水) 14時12分

mottaクン、
うん、今じゃ憲法9条って行っても若い人達にはピンとこないかもしれないじゃない。がんぱって、解説おねがいしますよ。戦争はホントにいやだもの。

投稿: 姑 | 2007年1月31日 (水) 13時00分

確かに姑様の子供の頃は憲法が身近にあったのですね。安倍の憲法改正はどうみても9条をターゲットにしているように思えて仕方ない。リンクを貼っていただきありがとう。ちょっと勉強不足で恥ずかしいですが、これからもっと勉強します。安倍があの座にいる間は本当に気をつけないと、また戦う国になってしまいそうですね。

投稿: motta | 2007年1月31日 (水) 11時58分

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