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2006年10月16日 (月)

姑 大人になる時

です。

拝啓お嫁さま、

え~と、皆様お嫁は無事にTorontoに到着しました。なにはともあれ、ホット一息。長旅ご苦労様でした。出発前日、電話した時まだ箱詰めやっていたものね。なにはともあれ、見切り発車って言うのもよいでしょう。もう少々寒くなりかけのトロント、早くなじんでブログにカムバックする気分になるのを、読者とともに待ってますよーい。

そうね、お嫁がTorontoデビュウまで「自由気ままに大胆に赤裸々に書きまくっていてくださいませね。」と言っておりますので、チョイと考えてみましたけれど、私の日常そんなに赤裸々に語るホドのこともないので、「人生哲学」のカテゴリーにしてみました。前にも言ったけれど、姑は哲学修士、なんて書くとトンデモ立派に聞こえるけれど、姑はそうは人間皆哲学者だと思っております。いや、学者じゃなくて「哲者s」だと思っております。机上の哲学者は「哲者」ではない、とも思っております。考えていることと、言うことと、生き方とが一致するってのはそんなにヤワな心構えでできるわけはないけれど、哲学者といいつつ、それで大学で教えたりしながら、自分はちゃんと自分の人生生きてないというか、自分の人生と自分の学問の一致など考えも及ばない哲学者さんがいるとしたら、姑はOne of the 「哲者s」がいいなー。ソコへ行くとサルトルだのボーボアールだのは自分の哲学にのっとって生きようとして、苦しいものがあったのではないかとも思えるけど。

で、人生って一筋縄では行かないところが面白い。遣り甲斐あるってモンだと基本的には思っておりますの。で、考えてみたんだけれど、哲学って「人間価値観の学問」で、別に学問じゃなくたって全然かまわんもので、「自分の子供、孫が戦争行かなければならないのはいやだ、許せん。」とか、「もう二度と被爆者の悲劇をこの世に再現してはならん。」とか思う人はそれがその人ので、それなりに自分のにのっとった何らかの行動をする、ってことだと思う。だから、サラピンの赤子が生まれて、そして面白いことに、サラピンの赤子達は皆100人100様違っていて、全く違ったものを持って生まれてくるから、同じ親に同じ時代に育てられ、同じ学校にいったって、一人一人の同じ出来事に対する「感じかた」が違ってくる。ここが一番難しいところで、普通の親は「子供にとってよかれ」と思うことをしようと思うし、「自分が親にして欲しくなかったこと」は自分の子供にはしないように、言わないようにしようと思う。で、「自分が親にして欲しかったこと」はなるべく自分の子供にしてあげようとする。ここで、親とその子供は全く違うから、「して欲しかったこと」、「して欲しくなかったこと」が同じじゃないのよ。ね。ここが難しい。私はベービーブーマーに生まれて、人生競争がいつだってついて回った時代に生まれて、こんなオイラは大人たち、先生達、社会というものの汚さを許せない、生意気な子供だったから、高校生活やってらんなくて、諦めて卒業するまでに3つも学校変わんなきゃなんなかった。で、私のボンには絶対そんな思いはさせられないと思って、調べ上げてアメリカの高校へ入れさせた。ところがこれがボンにとって幸せだったか、っていうと違うかもしれない。でしょ?ボンにも一応最終決定はまかせたけれど、でも、ここが難しい。うーん、難しい。

だから、、「自分が親にして欲しくなかったこと」をボンの子供にはしない、、「自分が親にして欲しかったこと」はボンの子供にしてあげる、って事になるわけで、完璧な親なんていなし、こんな親の元に生まれた運命を受け入れて、先に進む。世の中の子供達よ!ソレしかないと思うのよ。

姑は未だに「大人げない」とよく言われる子供ではありますが、中学生の頃かなんかに、「どうして、親は~してくれなかったのだろうか?」という思いが「どうしてあの時~しなかったのだろうか?」に変化したことを覚えている。で、多分この時が子供から大人になったというか、大人になりかけた時なんだと思う。

誰も生まれてくる国を選べないのと同じで、誰も親は選べない。「もう、いいじゃん、親なんか、私は私で決めて生きるわ。」ってホントに思えた時、「自分の幸せは自分でつかむ。私の人生私が生きる。」って思えた時、赤子は大人になるんだ、とこの哲者は思うんだ。

で、親は子供を育てて、人生二度生きて、子育て卒業した時、また二度目の大人になる。「子供があって親育って」、親もここでまた大人になるんだ、え、でも姑はなんだかいつまでも、ダダッコのような気がする、どうしよう????

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コメント

仙台のオジさま、かわいくってしかたのないお嫁の旅立ち、お心お察しいたします。私達大人になれない子供達で、お嫁とボンの旅立ちを見守るしかないですものね。姑、イザとなればスワ!と飛び出しますが、それまでは見守りましょうね、オジさま。ところで、二人だけでそんな、クリスマスだの正月だの迎えさせてよいものでしょうかね~?なんて、ホラ、また先走る姑なんですの。日本からも、見守っていてくださると思うと心強いです。

投稿: 姑 | 2006年10月17日 (火) 10時07分

姑さま、いよいよ行っちゃいましたねぇ~嫁~!
ちょうど一週間前、最後に顔を見ておこうと嫁の家を訪問。
夏の結婚式の写真を見ながら、あたしの顔「ハトぽっぽ」みたいとのたまう~嫁~!
その緊張感のなさに「カナダで嫁の大好きなお正月を迎えた頃、やっと実感するんじゃない」と嫁ハハとうなずくオジであります。
これが嫁の人生の本当の始まりなのかもしれません。
お姑さま、末永く見守ってあげて下さいませ。
いつまでも大人になれない仙台のオジ。

投稿: 仙台のオジ | 2006年10月17日 (火) 02時37分

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